坂本龍一

坂本龍一『自分の音楽の文法を壊したい』東京国際映画祭で語った「映画音楽」

先日幕を閉じた第30回東京国際映画祭。

特別招待作品部門にて上映されたドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto:CODA』(11/4公開)が、同映画祭の第4回“SAMURAI(サムライ)”賞を受賞。

受賞を記念して「TIFFマスタークラス 第4回“SAMURAI(サムライ)”賞授賞記念 坂本龍一スペシャルトークイベント~映像と音の関係~」が11/1(水)に開催されました。

(教授は登壇してこの賞について触れられた際に「サムライ賞って(笑)」、とそのネーミングに苦笑いな感じでしたが笑)

これまで自分の歴史について振り返るようなことは特にしなかった、という教授がこれまで自身が携わってきた”映画音楽”についての遍歴を語ってくれました。

さらに、今年8年ぶりに発表されたオリジナルアルバム「async」、自分の作品として作る”音楽”と”映画音楽”の違いについて語ってくれました。

映画音楽制作の始まり

「映画音楽というのは、監督やプロデューサーから音楽家にオファーがあって制作が決まるのが基本なんです。ただ、自分の場合は少し違って。」

「大島渚監督から映画「戦場のメリークリスマス」(1983年公開)に役者としての出演オファーがありました。ただ、何を思ったのかその時「音楽もやらせてくれるなら出演する」と言ってしまったんですよね笑。」

「それでも監督が了承してくれた。これが映画音楽を作ることになった最初にきっかけです。とはいえ、映画音楽も役者も全くの初心者で右も左もわからない状態でしたからね。この時、役者としての出演だけだったら、いまの人生はかなり違ったものになっていたでしょうね。」

「ちなみに、自分が最初に好きになった映画音楽はフェデリコ・フェリーニ監督の映画「道」(1954年公開)です。」

「むかしはラジオとかでも映画音楽がよくかかってたんですよね。「太陽がいっぱい」(1960年公開)や「第三の男」(1949年公開)の音楽も好きでしたね。」

「戦場のメリークリスマス」音楽制作

「初めての映画音楽制作だったんだけど、アラ編集された映像を見せてもらって、どこに音楽を入れたいかを考えたんですね。そのあと、大島監督の音楽を入れたいところと擦り合わせたら95%くらい同じだったんですよ。」

「そしたら大島監督から「好きにやってくれ」と言ってもらえて。「戦場のメリークリスマス」と言うくらいだから、クリスマスっぽい音?ということは鐘の音?と考えていって。」

「ただあの映画は、アジアが舞台になっていたので教会の鐘の音という感じじゃないなと。結局サンプリング素材の中にあったワイングラスの音を使ったんだけど、どこかアジア的な音になりましたね。」

「映画音楽をどう作ればずっと試行錯誤していて。2週間くらい試行錯誤した後に、ふっと無意識になってしまった、気づいたら譜面にあのメロディ(テーマ曲「Merry Christmas, Mr. Lawrence」)が書いてあったんですよ。だから、自分で作った気がしないというか笑」

「劇伴全体については、ワーグナーのライトモティーフのような作り方というか、映画に登場する4人の人物関係のラインを考えて作りました。」

「あとは、アジアのどこかの国というか具体的な地名を思わせない内容だったので、具体性を排除してイメージさせるようなことを意識しましたね。」

「ただ、いま聴くと音の切り貼りな感じというか、余計なものが多いなぁと思います。」

ラストエンペラー(1987年公開)

「戦メリのシンセ中心の音からオーケストラに変わってるんですが、もともとはシンセで作りたかったんですよ。なのに、監督のベルナルド・ベルトルッチに却下されたんですね。」

「シンセで作った音を聴かせたら「椅子のひずみの音はどこだ?」とか言われて苦笑」

「ただ、あとあと同じ作品で音楽を担当してたデヴィッド・バーンの音楽を聴いたらシンセ使ってるんですよね。ずるいなぁと思いましたよ笑」

「この映画用に45曲作ったんだけど、実際に使われたのはその半分くらい。しかも、作った曲もイントロだけでばっさり切られたりして、当時非常にショックを受けました。いまでも辛くなるから見れないですね苦笑」

「でもこの作品に関わって思ったのは、いい映画にはそんなに音楽は必要ないということですね。映像に力があれば音楽はそんなに必要なくて、映画音楽はあくまで保管の意味合いが大きいというか。」

「そこから映画音楽においては、映像と音楽が対等な関係になれるというか、ポリフォニー的な、1+1=3になるようなものを作りたいと思うようになりました。」

映像と音の関係について

(各作品のワンシーンを上映して、その部分について語るという流れです)

映画「怪談」(1965年公開)

「武満徹さんが音楽を担当されてるんですが、胡弓の音と木の音だけで映画音楽になってるんですね。映像の動きに音を合わせたり、あえてずらしたりという表現が素晴らしいなと思いました。」

映画「レヴェナント: 蘇えりし者」(2015年公開)

「この映画の主役は自然なんですね。動物が鳴く声だったり雪崩が起きる音だったり、地鳴りだったり。それら自然を際立たせるための音楽にしようと。」

「ちょうどこの頃は、まだ病気療養中だったんでけどイニャリトゥ監督からのオファーということもあって、どうしてもやらなければいけないと思いました。」

「音楽が出来るまでは半年くらい紆余曲折があって、ようやくかたちになりましたね。」

映画「リトル・ブッダ」(1993年公開)

「監督のベルトルッチから「俺はこの映画で大儲けするから、ラストシーンで流れる世界一悲しい曲を書け」というオーダーがありまして苦笑」

「曲を作って聞かせたら悲しみが足りないとか言われてNG。2曲目については「もっと悲しい曲を書け」。3曲目を聞かせたら「この曲は悲しすぎる。希望がない」とか言われて。さすがにキレましたよね笑」

「とはいえまた作って、聞かせた4曲目が「あともう一押しなんだよな」と。5曲目でようやく採用されました苦笑」

「ちなみに、このとき作った4曲目も別のシーンで使われましたね。」

自分の”音楽”と”映画音楽”

「映画音楽を作るという点において、自分の中にある音楽の文法が勝ってしまうと、映像に合わせたときに映画のテーマが見えてこなくなる。なので、一呼吸置く必要があるんですよね。間の取り方というか。」

「そういう点では、今年発売したオリジナルアルバム「async」は映画音楽的なものになっているかな。」

「映画は、映像なのかでいろんな情報が不定期に動いてますよね。そこと映画音楽がズレることの面白さだったり、ズレることで効果が生まれることが多々あるんですよね。」

「「async」は非同期という意味なんですが、いわゆる音楽の型を外して作ったのがこのアルバムになります。」

質疑応答

(最後に来場者からの質疑応答がありました)

映画音楽はずっと作られてきていますが、映画製作に興味はありますか?

「映画を作ってる人間は、映画に対しての好きの度合いが違うというか、言ってみれば狂人の集まりなんですね笑。音楽人が持っている熱量とは比べ物にならないというか。そこまでの熱量は持っていないので、それはつまり映画を作る才能はないということかなと。」

「以前、大島監督に「たけしは映画作ってるじゃないか。坂本は何故やらないんだ?」と聞かれたんですが「自分には才能がないから」と答えたら、「お前は卑怯者だ!」と怒鳴られたことがありましたね笑」

「いまならiPhoneで動画を撮ってみたいなことはしてるけど、それを公なものにするというのはないですね。自分はビジュアルのセンスがないので、才能がない人はやってはいけないと思います。」

いまのこの閉塞感のある世界の状況のなかで、音楽に出来ることは?

「よくその手の質問ってありますけど、音楽で何か出来るとはあまり考えていないです。音楽は抽象的なもの。数学に近いイメージなんですね。」

「大きな事件や災害が起きたときに、その出来事に対してチャリティー的に音楽を作ったりというのもありますが、自分の中ではそういう即時的なものとは少し違うかなと。」

「音楽が直接的に何かの役に立つというものではない、というイメージだけどその音楽に触れたことで10,20年という時間の経過の中で何かが作用してるかもしれない。」

「最近はあまりにウンザリしてしまうことも多くて、ニュースは見ないようにしている。自分ですら音楽に救われたいとすら思うことがあります。そんなとき、世界中にいろんな種類の音楽がある事は嬉しいですね。」

教授きっかけで音楽を始めました。すでにこの世を去っている偉大な音楽家には話を聞くことはできないけれど、教授はまだ生きていらっしゃるので今のうちにお伺いしたいです(会場笑) 自分がいなくなったあとの後世に、何を残したいと考えていますか?

「そんな自分がいなくなってからどう思われたいか、とかは考えてないですね。みんな考えてないんじゃないかなぁ。」

「でも、よくよく考えてみるといま生きている人たちは、すでに亡くなった人が作った音楽や本などの遺産に触れて生きてますよね。それはそれで面白いなと思いますね。」

「自分がどう思われたい、何かを残したいとは考えてないです。音楽制作などは近視眼的にやっているので、他の人もそんな先のことまでは考えてないんじゃないかな。」

「ただ、武満徹さんの音楽とか、自分が触れている亡くなった人の音楽を、100年後の人たちも聴いてるのかな?とは考えたりしますね。」

先ほど映像を作ることはないとの話でしたが、逆に自分の作った音楽(アルバム「Async」)をベースにした短編映画のコンペティションをされてますよね?

「今回のアルバムがとてもシネマティックだったので、それが映像作家に刺激になるのでは、と思ってコンペティションをやったんです。」

「思いのほか反響が大きくて予想を超える700近い応募があって、いま審査期間を延長して一つ一つの作品を見てます。」

今回の総括

「“音楽”だけ、と”映像・映画の中に入った音楽”はその役割が違うんですね。後者は役不足なものでも、意味をなすものになり得るんですね。なので、自分が作る”音楽”と”映画音楽”は相反するところがあるかなと。」

「いまは「自分の音楽の文法を壊したい」という欲求があるんですよね。」